あまちゃんにおけるアイドル世代交代のリアリティ

語り尽くされていることだろうが、「あまちゃん」は「小泉今日子のいない80年代」というパラレルワールドを描いている。
80年代アイドルといえば松田聖子であり、若き日の小泉今日子の部屋にも松田聖子のポスターが貼ってある。
で、1984年というのは松田聖子にとってどういう年であったか検証してみると、明らかに最後の輝きである。下品な言い方をすれば「落わりの始まり」ということになる。

松田聖子ディスコグラフィーwikipediaで見ると
松田聖子 - Wikipedia
1984年のリリースは

曲名 シングルリリース日
Rock'n Rouge 1984年2月1日
時間の国のアリス/夏服のイヴ 1984年5月10日
ピンクのモーツァルト 1984年8月1日
ハートのイアリング 1984年11月1日

これが1984年である。まさにアイドル史に残る名曲ばかりである。
しかし、これをピークとして、松田聖子の人気には陰りが見えてくる。

ちなみに松田聖子の結婚、初婚の神田正輝、いわゆる「生まれ変わっても」事件が1985年1月23日である。

かたや小泉今日子1984年は、1984年9月21日が「ヤマトナデシコ七変化」であり、1985年11月21日が小泉今日子、あるいはKYON2のイメージを決定づけた「なんてってたってアイドル」の発売日である。

つまり1984年は世代交代の時期であり、アイドル史における、パラダイムシフトが起こった時期である。
それをクドカンが知ってか知らずか、とにかくグレートビンテージであり、「いろんなもの」が終わった年である。

さらに言えば、おニャン子クラブの結成が1985年であり、現代まで続く通奏低音として秋元組の流れが始まった年でもある。

そうして見ると、1984年は世間一般にはただのロス五輪の年と語られがちだが、ただのロス五輪の年では無いのである。もちろんロス五輪の話題が出ないのはおそらくライセンスの問題であろう。

ロス五輪がいかに画期的な大会であったかについてはまた別の機会に。