朝日新聞襲撃事件はそりゃ悪いことだけど内輪ネタでは

毎年、ニュースでは「確実に」報道されます。
そりゃマスコミ自身が襲われるのが嫌だから「言論の自由」を全面に押し出して、悲劇と再生の物語を報道しますよ。公共の敵として。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20130503-00000015-ann-soci

だが今回違和感を感じたのは「市民」を押し出したこと。「市民」がそれほど「言論の自由」に関してセンシティブになってるように報道するのはちょっと勢い余りすぎ何じゃないだろうか。

今の市民が「言論の自由」について訴えるのは、残念ながら差別とポルノを許して欲しい時だけだし、東京電力は大マスコミの「言論」を金で買えることを証明してしまったし、東京五輪招致も予算かけて大手広告代理店にバンバン金流したら支持率上がっちゃうし。

まぁ、今のマスコミは危ないことは報道しないから大丈夫だから、そろそろ「風化」させても安全だと思うというのは言いすぎだろうか。

ここでふと気付いたのだが、ここで言ってる「市民」とは単なる西宮の市民なのか、それともアカデミックな意味での「市民」なのか。アカデミックな意味での「市民」を示しているのなら、朝日新聞は相当「大きな物語」を描こうとしているようで、付き合って行くのはなかなか大変そうだ。さすが日本を代表するクオリティペーパー。