「コールドケース」を見る時に襲われる悲しみ

海外ドラマ「コールドケース」については今更説明の必要もないだろう。
このドラマを見てると、何となく悲しい、いや虚しい?何かが襲ってくる。
それにまつわる事件の悲惨さとか被害者の苦しみ、とかではなく「時間の残酷さ」が襲ってくる。事件に関わった人たちは、一部例外もあるが、一様に老い、救いのない境遇を生きている、時間は決して後戻りできない。輝かしい青春を生きた若者も老い、惨め(これは私自身の歪んだ見方だが)な人生を送っている。

だからこその「犯罪もの」なのだろうが、それが自分の人生の取り返しの付かない部分と妙に重なり、茫漠とした気持ちになる。自分の人生が取り返しがつかないことを毎週確認させられる儀式になってしまっている。
だから、見なくなった。主人公の女刑事は好きというか、むしろタイプ。それでも名前は忘れてしまった。

生きるというのは忘れることなのだろう。