弾に当たらんよう頭を低くして生きて来た結果

上手く行かなかったわけだから、たとえ弾に当たっても頭をあげるべきであろう。

だがしかしいわゆる「リスクをとる」生き方とは何なのだろうか?
現代日本における最大のリスクといえば、原発の後始末の人工であるが、それも組織化されて入り込む余地もない。とはいえ、事故以前から原発産業自体がすでに組織かされてたんだけどね。

反社会的行為も生活費の足しになるようなものも見つからず。世間を騒がしていた、一連の冤罪犯罪予告も、所詮は自己顕示とそれがエスカレートしたリアルでの行動で下手を打ったオチだし、とかくこの世は生きづらい。

そういえば先の日記の世間的には流行ってたのだが知らなかった曲シリーズ - 近現代史再考察の「We are young」がグラミーの最優秀楽曲賞を受賞したようで、やはり個人的には最優秀レコードより最優秀楽曲のほうが好きだなということで、そんなスピーチを見ながら、「ああ、俺はこの会場に行くこは一生無いのだろうな」という当たり前の悲しいことを考えた。年をとるということは可能性が減っていくことだ、とよく言われるが、まさにそんな感じだが、いい年してグラミーの会場もないだろって自分にツッコんだ。