現代における落語は解説なしで成立しないと思う

スカパーやらなにやらで落語に接することができるチャネルが増えてることは確かなのですが、基本的教養を持ってる人向けにやっているのか、現代人(あるいは教養の無い自分のような現代人)には理解できない、文化、言葉などがでてくる。

「分かる人だけわかればいい、わからない奴は来るな」というのは芸術的古典芸能としては「非常に正しい」姿勢だとは思うが、メディアに乗っけてる以上、多少のサービス精神があってもいいのではないのだろうか。

だから仕方なしに、wikipediaで内容復讐して「こういうオチだったのか」となっているわけです。自分だけかもしれないが。

いちおう、私の狭いリサーチ範囲だと、内容解説をしてくれるのはTBS系の落語特選会とラジオ深夜便の月に二回の落語の回だけだと思う。

ニコニコにもたまに落語が上がってるけど、解説(コメント)があまりに偉そうなひけらかしに鼻白む事多々あり。

同じ事が歌舞伎やオペラにも起こっているのではあるのだろうが、別にわからなくても「必要要件」は満たしているのかもしれない。

余談:今日知ったこと

鼻白むは「はな-じろ・む」とのみ広辞苑に載っており、「はなじらむ」とは普通は呼ばないらしい*1。こういう時、グーグルの曖昧な検索は助かる。
ちなみに意味は「気後れした顔つきをする」*2