擬似恋愛と擬似失恋と擬似贖罪ビジネス

アイドルがよくスキャンダラスな写真撮られれて、ファンの人はどう思ってる?どう感じているのだろうかと、勝手な思いを巡らせた挙句、いつもの「涙の会見」のあと、結局、赦すというシナリオをよく見る。

よく、そんなのを応援(金のつぎ込み)できるなという、アイドルファンの真理を察するに、これは一つの「人生」の体験を擬似的になぞっているのではないのだろうか?という推論が可能である。

つまり、実際の「恋愛」において、恋に落ち、浮気される、あるいは失恋寸前という事態は十分に起こりうるが、リアルな社会において、それは許されるざる行為、決して許せない行為として扱われ、その「恋愛」は終わる事が多々ありえる。

彼らの心情を察するに、根底にあるのは100%の怒りであろうか?もしかしたらの部分で「赦したい」、関係を回復したい、という思いはあるのではなかろうか?

アイドル産業はバーチャルである。(擬似)恋愛の喜びを与えるのが主目的である。だがサブの目的として、女性の不貞を許したい、という願望も叶えるのであるのではなかろうか?そして、女性は(ビジネス上とはいえ)男性の期待通りに涙ながらに謝罪し、元サヤに戻ってきてくれる。

ここまでやってこそ、計算してこそ、アイドル産業の主目的「擬似恋愛」なのではないのではないのだろうか?

だからまぁ、「スキャンダルならノーサンキュー」じゃない時代なのだろう。