いまさらながら川勝正幸の追悼ラジオにクラスタを考える

昔の「菊地成孔の粋な夜電波」をずーっと聞いていて、現在、ようやく今年の2月分くらいに達して、ちょうど川勝正幸追悼番組に入っているのですが、これが何か居心地が悪いというか、フェイスブックとかってこんな感じだな、という疎外感を感じるわけです。
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フェイスブックとかツイッターって結局こういう人たちが集まってクラスタを作るのが正しい使い方なんだという当たり前の現実をつきつけられた。

ちょうど今、これ読んでてフラット化とクラスタ化について思い立ったのでありました。この本はクラスタ化が上手く言ってないからどうしようもない事態になっているということに書いてあるんですが、自分が妬まれ絡まれる話に終始してしまいがちに残念ではあります。