何故、(睡眠中に見る)夢の話はつまらないのか

こんな夢を見た

どこかの高層ビルのテラスような場所にいる。何かのツアーなのか会合なのか、人がたくさんいる中に自分もいる。
そこへ遠くから飛行機が2機近づいてくる。係員らしき人が大声でアナウンスする、「制御不能の飛行機がこのビルに突っ込んできます」。騒然とする中、飛行機がぶつかる。崩れ落ちるビル、崩れ落ちるテラスと一緒に落ちていく自分。急激な落下感を感じる。

そう9・11である。

落ちながらも必死でテラスのコンクリートの塀につかまっていると、係員が「掴んでも同じなので手を離してください」と言ってくる。まぁ、そりゃそうだ、数百メートルの高さから、落ちてるんだもの。ロビンマスクのアレの「ゆで理論」*1じゃあるまいし。いや、逆に掴まっていたほうが早く落ちるのか?まぁ、五十歩百歩だが。

そんなことを思ってるうちに目が覚める。

さてこの話、聞いて面白いだろうか?話者のテンションと聞いてる人のそれに、大きな差ができる。それが夢の話である。
何故差ができるのか?そこに存在しないのは「体験」である。夢を見た人はそれを「体験」し、聞いている人は「体験」していない。
確かに大雑把に言って「話」というのはそういうものである。自分の体験を話す、多くの会話はそれで成り立っている。だが、夢の場合だけに差ができるのはなぜか。それは夢が現実の話ではないからである。それは世に言う「つくり話」ではあるのだが、つくり話ほど練りこまれてないし、作り話とは明かされないい場合、つまり嘘の場合ほど意図的ではない。

「体験」と「工夫」、その2つを欠いているのが夢の話なのである。面白いわけがない。