「ロード・オブ・ウォー」を見て、子供の頃、なりたかった職業について思い返す

小さい頃は「炭焼き」になりたかった。いやマジで。山の中でぽつねんとくらしていたかった。当時は昭和50年代で、炭焼きなんて仕事が本当に残っているのか定かではなかったが、そこにロマンチシズムを感じ、それくらい人間嫌いの子供だった。のちに、炭焼きは一週間不眠不休で炭の番をしなければならない、という作業内容を聞いて、自分には無理と諦めた。

夢破れてしばらくして、今度は「武器商人」になりたくなった。別に兵器や戦争が好きというわけではなく、概念上、あるいはビジネスモデルとしての武器商人、つまり「両サイド(軍、あるいは企業)に武器(言い換えれば問題の種)を提供する」というところに、またロマンチシズムを感じた。
ただ言うまでもなく、そんなビジネスは壮大稀有である。ハーバードでMBAとってマッキンゼー入るような優秀で実行力のある輩の、セカイの1%の連中の仕事である。

夢破れたものの、武器商人には相変わらず憧れを持っていて、当時公開された「ロード・オブ・ウォー」も当然見て、「やはり戦争は残酷だな、仕事にしなくて良かった」と凡感想をもったものでした。

最近、「ロード・オブ・ウォー」を見返す機会があり、きちんと見てみたのですが、今回目についたのが「才能」という言葉。ニコラス・ケイジ演じるユーリは才能があった、その才能を生かした、善悪もなくそれだけなんです。その才能が水泳とか音楽とかじゃなく武器商人であった。
そのあたりは天才大好き曽田正人の「め組の大吾」で描かれる、悲惨な状況でのみ輝くことが出来る才能に近いからもしれません。
折しもオリンピック真っ最中で、「ポジティブな才能」の人達が人生を謳歌している姿がテレビに映りますが、世の中には「ネガティブな才能」の持ち主たちがいることも確かです。さらには全く才能の無い人も多いでしょう、いやほとんどか。教育の場でお経のように発せられる「誰にでもひとつくらい才能がある」という甘言に騙された人も多いでしょう。

教育は「才能」というものに対して、もっと真剣に向き合ったほうがいいと思います。

それと、ユーリには「出会い」もあったんですよね。お使いに行ったら銃撃戦に巻き込まれて。

「才能」と「出会い」、運任せのパラメータのように思えますが、成功者の自分語りにはこれらの要素ってマストなんですよね。

ちなみにワタシはどちらも無かったです。で、このザマよ!

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