16年前のCマガジンを読みながら、ITと災害について色々と考えさせられる

ちょうど阪神大震災が起こったあとの記事らしく、ITと災害の関係について、現代(1995年当時ではあるが)の至らない点について論じているが、今回の東日本大震災を経て読むと、なかなかいい線いっている。

ネットの有効性に関しては阪神大震災の当時から注目されていたようだが、面白いのは安否情報と検索の話。これはまさに検索企業のGoogleがやってのけた。
死亡者情報も各自治体の警察から出るようになった。
そして原発への不安。地震じゃなくて津波だったが。

果たして、セカイは良くなっているのか悪くなっているのか。


そして現在体験版使用中の読取革命の結果も校正なしで

フィンローダのあっぱれご意見番 第36回

最悪の事態を想定する
 今年は生|l|紳桂に初詣にいかなかったの
が悔やまれるところだが,関【叫では数I'i年
に一一度とかいう人きな地震かきてしまった。
私は関内介ちで束京に出てきたので,関内
には地震がこないと地几の人たちが削じりJ
つていたと確信している。そもそも関四で
は腱峻1とか2代度の揺れしか維験した記憶
がないのである。
 それでも,小学校では地震を思定した避
難訓練をした記憶がある。揺れたらまず机
のドに潜る。というセオリーだったと思う
が, 考えてみれば東京で震度4程度の地震
を何度か経験したが,机のドに潜ったこと
はない。パソコンのそばにいれば。まずハ
ードディスクを守ろうとする。
 地震のときには火を消すこと,という程
度の知識は流石に゛地震はこない冲話\'のあ
った関叫でも誰もが知】つていたと思う。し
かし,人地震ともなると,'m識を持ってい
たからといって, 実行できるかどうかは話
が違う。
 ネットに流れていた情報を見たかきりで
は. "i日はどのテレビも,人脱模な火災が
発生し,燃え広がる/L景をなすすべもなく
にている。という報道だったようだ。空か
ら消火活動はできないのか,という疑出1の
声も多数あった。佃人的に,これに同感で
ある。
 なぜ空から消火できないのか,もちろん,
ヘリコプターで消火できる距離まで近づく
のが極めて危険だとか,水をかけると水蒸
気が爆発するため姓物が壊れたりして生仁
抒に危険だとか,そのようなフォローも説
得力がある。
164 C MAGAZINE 1卯5 4
 ただ,水をかけるのは生存鳶に危険だと
いう理由で散水が見送られたのなら,焼け
死んだ人の1 .場がないような父もするが。
 また,散水して消火するタイプのヘリコ
プターがなかったという説もある。諸説乱
れ飛んでいるが,この陣の議論はネットで
の議論を参弩にしたうえで「同感」といって
いるのだから,こ指摘にはおよばない。
 ヘリコプターで近づくのが危mという意
見に対し賢論はない。しかし。湾岸戦争
とき,目標の建築物にミサイルが飛んでゆ
く映像が報道されていたことを記憶してい
るかも多いだろう。ミサイルを目標の建物
に命中させ破壊させるシステムは実ilJfl:(!)
されているのに,目的の位置に消火剤を命
中させるシステムは存在しない,というの
が不思議だ。現在のテクノロジーの限界な
のだろうか。
 実はミサイルもあまり■"iたらなかったと
いう噂もあるようだが。かなりの精度で現
在位i17がわかるナビゲーション賎・が,数
l一万!']で陥人できる時代である。無線誘導
でヘリコプターを飛ばして空から消火する
程度のことも目本の現在の技術レベルでは
不可能なのだろうか。
 そういえば,インターネットでは「m道
ヘリカ叩Jつぱらからうるさくて寝られない
から。撃囃してくれ」と地元の人が自衛隊
にいったとか。確かにヘリの騒政はうるさ
い。最近は,飛行船をわりとよく見かける
ようだが. 報辿目的ならそのような比較的
静かなF段を選択できないものか。とF 1く
と「飛行船は危険だ」とかいわれるかもしれ
ないが,そんなに危険ならカメラだけ乗せ
ればよい。被災行に片痛をりえてまで報道
する義務はない。
ネ。
 ネットへの参加者の比率を吋えるとまだ
ごく一部の人だけのメディアにすぎないが,
にもかかわらず,ネットはわりと活躍した
ようである。これを契機に,災杵時のため
にネットに参加しよう,という動きがある
かもしれない。町内会レベルでよいから,
ヤ国どこにいる人でも情幟が回覧できるよ
うになれば,かなり効米的な使い方ができ
ると思われる。
 情報提供メディアとしてのネットは非常
によく機能していたと思う。報道機関は自
分の汚い話を好んで報道したりはしない。
「報道のヘリを撃墜してくれ」なんて声は,
たとえそれが誇張されすぎたとしても,ネ
ットがなければ外には出てこないメヅセー
ジである。
 マスコミは自分に都介の悪いことは握り
潰すが,ネットはそうはいかない。マスコ
ミというフィルターを経山せず, `ヤIf者か
ら悄報のほしい人ヘダイレクトにメッセー
ジを伝達する手段が,もはや実用化したと
考えてよい。
 ただ,関東に今回のような規模の地震
発生したらどうか。多くの大規模な商用ネ
ットのセンターが東京近辺に集中している
と思われる。首都圏が壊滅状態になったと
きにネットがどのように機能するかという
問題がある。
 PeopleやNIFTY-Serveは,必要なサービ
スを無料化するという決断を素早く行った。
該当サービスも有効利用されている。しか
し,これはネットが無事だからこそできる
のだ。
 また,銀行のコンピュータは,ホストマ
シンが生きていても,ケーブルが各地で寸
断されたために連絡がとれない,という事
態が発生した。センターが無事でも回線が
切れたらどうしようもない。
ンターネット
 インターネットもよく機能した。ただ,
それはボランティアペースの話である。ア
メリカは情報ハイウェイという言葉を流行
させただけでなく,それを実践的に活用し
ていて,たとえば公文書の公開のようなサ
ービスを始めている。口本ではいまだに法
律のテキストの公開すら行われていないと
いうのが実情である。
 今回も,死亡者のr,簿は,まずニュース
速報を経由してネットから人手できるよう
になり,その後,新聞社などの好意で,再
配布自由な形のリストがインターネットに
流されるようになった。これも,新聞社が
直接でなく,第三者が配布許可を得て配布
したにすぎない。新聞社が直接配布できな
いあたりが, 日本の見かけだけの技術力を
象徴している。
 死亡者名簿は新聞社が作成しているので
はない。情報の一次発信者は警察庁である。
したがって,警察庁が直接情報をインター
ネットなり商用ネットに流すというのが,
もっとも速くかつ信頼できる情報を出す方
法である。しかし,技術力の問題か予算の
問題かは知らないが,警察庁がwwwサー
バーを立ち上げて死亡者リストを公開した
なんて話は聞いたことがない。したがって,
警察庁が発表した情報を新聞社が入手し,
それを第三者が転載許可を得てインターネ
ットに転載し,やっとネットに悄報が出て
くるという,極めてムダな于間をかけてい
るというのが現実なのだ。
 インターネットがもっと生活に入り込ん
でいたら,あるいは生存者情報を掲示する
ことができたはずだ。各避難所に端末をn
く,あるいは端末が無理ならそこでデータ
を作成して近くの無事な都市から発信して
もいい。
  「私は無事です」という掲示板に数十万
人の名前が載ると見るのはたいへんだ,と
考えるほど頭脳が硬直した人はいないと思
うが,あえて「検索機能があれば何でもな
い」と蛇足しておく。で,どこの避難所に
誰がいるという情報は,結局どうすればわ
かるのだろうか。

 廃墟から都市の復興という新たな課題が
さかんに論じられている。今同の地震の報
道では,予想を超える衝撃という表現がさ
かんに使われていた。この“予想"というの
が曲者である。原子力発電所は,今回の地
震の衝撃でなお大丈夫なように設計されて
いるそうだが,それは単にそういう衝撃で
大丈夫というだけの話だ。発電所の下の地
盤が割れて断層となり,lmの高低差でず
れてしまった,というような致命的な状況
でも大丈夫なのだろうか。昭和新山のよう
に,山ができてしまうほどの地殻変動があ
ったら流石に危ないんじやないか。
 もちろん,そんな地殻変動が絶対にあり
えない所に発m.所があるに決まっているが,
それにしても火力発電所なら,最悪でも付
近が丸焼けで済む。放射性物質で周囲数十
キロの範囲が汚染されたら,その一帯が極
めて長期間使えなくなるのではないか,と
かいうのはSFの読みすぎだろうか。
 今回と同罹度の地震がきたときに耐える
建物というのは難しいかもしれない。もっ
とも. 最近の建築物で,耐震を意識したも
のは,けっこう残ったという説もあるが,
今川の地震で目立ったのが,家Mの一階の
崩壊である。一階が潰れて二階が落ちてき
て逃げられない,というケースが多かった。
ということは,二階で寝ていたら,まだ助
かったかもしれないということか。
 これを意識して,少し発想を変えてみる。
地震の衝撃をまともに受けるから危険なの
である。極端な話,大地震のときに一階が
潰れて二階が残るような設計になっていれ
ば,一階を捨てて二階だけを使って生活し
ていれば万一のときにも生存できる確率が
高くなる。一階は万一のときのクッション
と考えるのである。もちろん,一階を使わ
ないというのは非効率的で馬鹿げている。
要するに,衝撃を緩衝する構造があればい
いのだから,床を少し高くしておいて,大
地震で極めて大きな力が加わったときに,
その箇所だけ破壊されてほかは無事,とい
う発想なら案外いけるのではないか。
 これは自動'榔こはすでに応用されている
イデアである。衝突時にボンネット部分
がぐちゃぐちやに壊れるが,その箇所が衝
撃を吸収するため中の人が助かる確率は高
い,というホがある。全部を助けるのでは
なく,あらかじめ犠牲になる部分を作って
おくのである。
 ソフトウェアにおいても,危機的状況の
対応は必要である。処理中に9?電したり,
I/Oのエラーが発生したときのことくらい
は考えておくべきだ。ファイルを史新する
ときにまず. 異なるファイルシステム上に
バックアップを作成し,その後,元ファイ
ルを更新すれば,どのタイミングで停電し
ても,元のデータに戻ることが可能である。
同一のファイルシステム上で処理すると,
ディレクトリの書き換え時に処理が中断し
た場合に危険だが,通常,そこまで考える
必要はないかもしれない。
(フィンローダNIFTY-Serve FPROG SYSOP)
フィンローダのあっぱれご意見番 165