特権階級の宴とオタクの承認願望のWIN−WINの関係

相次ぐテレビアニメの新聞全面広告、費用は数千万円以上 : ネット版 アニメレポート -Anime Report-

これらの広告で利益が上がったとしても、それらの還元は現場には一切ありません。現場にはいぜん、安い金額で発注されたままです。いったいどこにそんな広告をうてるだけのお金の余裕があるのか、製作委員会の方々に一度うかがってみたいものです。

古い記事だが、これを見たときに思ったことを。

単純な「トヨタの組立工場で働いている派遣労働者トヨタの車を買えない」の構造かと思ったが、そうでもない。

そもそもアニメーターのように実際にアニメを作ってる人たちと、それを宣伝流通させる人達は同じ社会的階層にいない、という前提が共有されていない。

アニメの「製作委員会」はレコード会社が主導となってテレビ局や広告代理店なんかのいわゆる「特権階級」で構成されていて、その中でいろいろ仕事を回している。今回は同じ階級のお仲間である新聞社が輪の中に入っただけ。

アニメーターがそういう特権階級の人達と同じ「アニメを作ってる人達」と勘違いしてしまう原因は何か、あるいは勘違いさせている要因は何か。

一般的には社会階層が違う場合、ヨーロッパ的な「主人と使用人」のわかりやすい関係をもたせることで労働環境を円滑にするが、非ヨーロッパ的な考えだと「仕事仲間」の意識を共有させる。アニメ制作の現場が後者なことは言うに及ばず、仲間だからって雰囲気で低賃金で重労働を受け入れさせる。

さらに話を進めると、この広告の受け手となるアニメファンの心情も同じような「仲間意識」が根底にある。現代の被差別階級であるオタクの承認願望は強く、新聞広告のようなオーセンティックなメディアに乗っかることで、自分が認められたように感じ、喜びを得る。もちろんその広告費の原資は自分たちオタクの「お布施」であるが、オタクのアイデンティティは「消費」なので、気にならない、というか慣れすぎてしまって疑問を持たない。

つまりアニメ業界は、上層には金と社会的地位を、下層には「気分」を提供するメディアであり、そのどちらが幸せか、あるいは勝ち組なのか、というのは難しい問題である、わけがない。

彼らが仲間じゃなくて勝ち組である証左の一例となる本の話はまた別の機会に